2007年09月12日

さようなら

前日言っておいたとおり、
明日(というか12日)に名古屋発ちますわー。
また東京のDQNどもの顔でも拝んできます。

てゆーか、
予想通り「されど踊れば」のラストに猛ブーイングww

まぁ、そうだろな。
あれで「途中で投げた」って言われたって仕方ない感じは、
俺ですらするからな。

コメントやメールくれない人たちは、
(構ってほしいように聞こえるだろうけど、純粋にそうじゃない)
もういいや、ってか。

もういいやとか書くと読んでもらえなくなるから止そうか。

俺が口うるさく、
もっと奥の方まで読んでよー!とか
深読みしてよー!!とか言ったって、
そういう人たちは多分読まないんだもんね?

読まないっつーか、
めんどうだし、話の展開だけ知っておきたい、みたいな。
そういう層の人なんだろう。

いや、
別に不平不満を言ってるわけじゃなくて。
ほんとに。ほんとのほんと。


それは多分に、
俺の文章力のなさとか、アイデアの非凡性のなさとか、
そこらへんに起因してるんだろう。

EVAとかDirとかは、ふつうに知ってもわからないことだらけなのに、
それを究明しようとして多くの人が動いてるわけだし。
いい見本だ。

俺はそういう物語を書こうと思っているわけじゃないけども、
そういうものになってしまうことが割合多いからね。
それで興味を引けないって事は、ふつうに俺の所為なんだろう。

ちなみに、
槇さんとJさんの批評・評論・推測、
お二方のだけがピッタリ俺の頭の中と一緒です。

Jさんの、
「最後の最後になって説明しきれてないんじゃなくて、説明しようという意識が感じられなかった事にいちばん腹が立った」
という文言は普通に凹んだw

否定できないし。

傲慢だったかなぁ。
てゆうか、傲慢だったよなぁ。間違いなく。
でも少なくとも二人、真意をわかってくれたわけだし、いいのかもしれん。


やっぱし、
物書きにはなれそうにないなー。おれ。



今回の帰省、名古屋で言われた言葉ベスト3

太ったな
ありえないだろ
キモ



さようなら。
また、東京の方のブログでお目にかかりましょう。
http://nothing-gifted-new.seesaa.net/
【おじさんの毎日の最新記事】
posted by dd at 04:33| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(2) | おじさんの毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月11日

されど踊れば 最終話

き           そ
が                            こ
つ                 に
け     は
ば          ぼ
、                        く
ぼ              し 
く                               か
の い
み                   な
ぎ        か
て                           っ
は                      た
、               そ
ま   の
っ                              ど
か  れ
に      も
そ                  の  
ま                       ぼ
っ          く
て                                は
い                     や
て                          は
、              り



哭いていた。
イジン・ライハイ・アス。イジン・ライハイ・アス。
聞こえるのは太鼓の音、
寝転がる死体はきっと、猫でも轢いたんだと思う。
ぼくはイジンだ。煙草に火を付けたら、目に煙が混じって、涙が出た。







了。
posted by dd at 03:02| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 自作プロット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

されど踊れば その6

女児は、それこそ必死で、叩いていた。
十六の音符群の中に、自分自身で、いったい、どれだけのバイタリティ、もしくはヴァラエティが、与えられるものかと、試しているようでもあった。四方から流れ出づる、陽気な歌声を、掻き消すように、無我夢中で叩いていた。けれど、宮太鼓は、その度に、気怠そうにして、平坦で無表情な、どん、という音を吐き出す。どう足掻いたとしても、それは、単なる楽器であって、彼女を表現する何かでは、ないのだから。据置形でも、曳山形でもないのに、自己啓示だけで奏でる、つまり、太鼓の何たるかを知らずに打つ、彼女の音は、そこはかとなく軽い。小口大八は、この太鼓を何と評するだろうか。ぼくなら、この浅薄な音を、あくまでも、聖人として、選酪することもできるのだけれど。
皮肉なものだと思う。彼女は、自分の、日頃の練習の成果を、その賜物を、知らしめようと、純粋にそう思っているに過ぎない。しかし、祭りにおいて、太鼓と言うものは、あくまで、踊りを惹き立てて、祭りの熱量を、倍化させようとする、いわゆる、副次的なものでしかない。太鼓が、出張りすぎる事が、祭りを壊し、踊りを妨げるような事は、あってはならない。そうしたなら、彼女の叩く太鼓は、その練達が、高ければ高いほどに、彼女の叩く太鼓としてではなく、祭りを盛り上げる、一種の装置として、その空気に溶け込んで、彼女自身への、すこぶる単純で、まるで謦咳的な、彼女への敬意の意識は、一層失われていくのである。ああ、彼女が、一体、どんな悪事をしでかしたというのだろう?
ならば、せめて異人であるぼくだけは、この盆祭りにおいて、唯一無益で、無害であるという、悦ばしくない性質を以ってして、彼女の功績を称えるべきだと感じた。だから、ぼくは、一本も煙草を吸わないで、彼女から滴る汗、その一濁一濁に、彼女の、過ぎし日の、熱意を想像することにした。それが、せめてもの僕の罪滅ぼしだと、そういう意識が、その行動を助けたと言う事も、たしかに、あった。
土岐田が、いつの間にやら、暇を持て余した挙句、どこかへふらふらといなくなった。女漁りでもしているか、小便でもしているか。ぼくには、大して気にもならなかった。曲目は既に二曲目に移り、あの子は、肩で息をしている。その雅をわかるはずもないのに、此処にいるのでは、意味がない。あいつは阿呆だから、きっとわからんだろう。だったら、来なけりゃいいのに。そういう、ふしだらな静謐を持った阿呆共が、結局のところ色んなものを壊す。身の程を弁えぬから、ライネックの種子も爛れた。結局、世の中を変えるのは、一握りの天才でなどなく、多くのこういった、阿呆なのである。一人の天才が、強く、雄弁に語ったことなど、全て、どこかで、埃に塗れて、鼻をかまれる。ただ、唯一、阿呆を扇動する時局を、与えられた天才の名だけが、今の世に罷り通っている。才能ではない。時局だ。天才は、みな、阿呆共を虜にする、カリスマもルックスも、話術にも事欠かないに違いないが、阿呆には、それが知れない。阿呆は、興味や流行でしか、何かを追随しようとはしない。それで、天才が、死ぬ。阿呆は早く死に絶えれば善いのに。
そうこうしているうちに、いつの間にか、祭りは中座されていた。ぼくは、あそこまでも痛烈に、彼女の太鼓に聞き惚れようと、息巻いていたくせに、何の事はない、自分自身で、鼓膜から、その音を排除してしまっている。だから、ぼくは、自分のことが嫌いなのかも、しれない。脳みその、一番奥のほうだけ、ほんの少し、ぼくも阿呆なのかもしれないから。
祭りという回転が滞った事によって、広場を囲んでいた、狩猟の、インテンシヴな雰囲気は、消えた。冷静になれば、左上がりの帯は、そこらへんに見受けることが出来た。これが流行と言う奴なのだとしたら、ぼくは、もはや、何も、形容する事など、出来やしないのではなかろうか。首もとの汗に釣られて、大きな蚊が、何匹もぼくに寄ってきた。ぼくだけに、寄ってきているのではないだろうか。何だか、悔しくなった。












つづく。

もう時間もないし、次で終わらせよっかなー。
posted by dd at 04:57| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 自作プロット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月09日

ひとつだけ

Dirの歌詞関係についてごちゃごちゃ言ってくる人たちについて。


今までものすごい我慢してたんだけど、
俺、京様じゃないですから。

僕らはあの人の言葉を、
判る範囲で推測する事しか出来ないんですよ。
もちろん、それはBUMPとか林檎タンとかにも共通するんだろうけど。

だから正解なんて無いんだって。
一回君らも歌詞とか詩とか書いてみればいい。

そうすりゃ、
自分自身の気持ちがどこまで歌詞として体現されるかなんて
簡単にわかるだろうからさ。

これは戦争の詞だとか、
これは苛められっこの詞なんですよね?
とか言われたって、俺には断言なんて出来やしない。

じゃあ俺が、
「京様と話して、これはddというファン個人の為に書いてもらった曲だ」
と言ったら君達は納得するのかね?


するわけないわな。
信憑性なんてまるでないものな。




だったら、
俺個人でなかったとしても、
「戦争」だとか「社会問題」をテーマにしている作品ならば、
あってもおかしくないと考える、


その君達の頭の中の基準は、
どう説明するんだい?

どうして、
俺個人だったら信じられなくて、
世間一般に伝わってる問題だったら可能性はあると信じられるのだい?


おまえたちが、
実体化しているたった一人の好きな人のために書いた曲であるのに、

EXILEだとかの、
不特定多数のただの異性の為へのラブソングだと思われたら、どういう気持ちになるんだい?


だからこそ、
本当にそのアーティストの言葉を知りたいのなら、
自分の脳内での補完なんて、本当に最小限にしなきゃならないんだ。



それじゃ、
みんながわかるように、BUMPの話にしようか?


スノースマイルはさ、
藤原さんが高校生の時に付き合ってた「友紀(漢字は自信ない)」って子、
そのただ一人のために書いた歌なんだよ。

友紀=ゆき=ユキ=雪=snow

ただ、その子だけが笑っていてくれればいいな、というさ。

それを知ったなら、
お前らなんかが何処に関係してる?教えてくれ?

共感できるなんて、たまたまだよ。
だって藤原さんは「共感するよね?」という気持ちを持って書いたわけではないんだから。

それか、
自分自身で、この歌は共感できると思い込もうとしているだけかね。

「ベル」も、
バイバイサンキュー」も、
ミスチルみたいに、モデルがいた実体験を一般論に置き換えている
わけじゃなくて、
その一人のためだけに書いたものなんだよ。



もちろん、
俺だってこういう事実を知るまでは何にも知らなかった。

けど、
それを知ろうとせずに
「世間に発表された曲なんだから、何かしらメッセージがあるはずなんだ!」
みたいな妄想はさっさとやめろ。

そういうのは、
TOKIOとか浜崎とかオレンジレンジとかYUIとか、
まぁ敢えて多くは書かないが、
そこらへんで脳内補完してくれ。



ということで。
わかりにくかったら、不満なところを全部かけ。
俺はお前らみたいな知識のない馬鹿どもを相手にする次官はあんまりないから。

なにか間違った事言ってるなら、
正々堂々と言って来い。
今までのブログどおり、
自分が悪いと思ったところがあったら素直に謝るで。


さぁ、
ゴスロリどもかかってこいや!
posted by dd at 03:10| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽にいちゃもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月08日

練達します

忘れるといかんから最初の方に書いておくわ。
俺12日に東京に戻りますわ。
今まで遊んでくれた人、ありがとうね。

何でか今回の帰省では、
遊び足りないなぁとは思わんかった。
ある程度俺の好きなように暮らせたからかもしれないね。


俺に残された責務といえば、
あと5日?かそこらの残された期間で、
「されど踊れば」をちゃんと書ききることと、
EVAのレビューをネタバレしないように書くことぐらいだね。

「されど踊れば」は、
その気になればあと一話で終わらせられるんだよね、実は。
ただ、そのままだと普通に考えて駄作になってしまうだろうから、
いろいろ考えているんだけどね。

「されど踊れば」の、
背景と言うか、ロールの分担が、わかるひとにはわかるらしい。
まぁ俺自身も隠している気はなかったんだけど。

所詮みんな判らないのかなー。ってな感じで受け流していたので、
こんなにも多くの人が気付いてくれたのは、びっくりしたね。


みんな、読んでくれてるんだなぁ。


ていうか、
俺なんかのEVAの評論を聞きたがってる人が多すぎる。
まぁ嬉しくないかといわれたら勿論嬉しいんだけど、

それはおいといても、
今まで何回も言ってきたけど、
あくまでも俺の主観としての意見しか俺はかけないのだよ。

それが、
若者とか、文化人とか、名古屋人とか、
そういったものの基準になるような。

そんなクオリティは、きっとおれにはないのだよ?
それをわかっている人がどれ位いるのかな?

俺が「面白い」と言えば面白いわけではなくて、
俺が「つまんねぇ」といったら下らないモノなわけではないんだよ?
それをわかってる人が、メールをくれた人たちの中でどれだけいるのか・・・

自分の頭で考えるってことが、
一番大事なのを忘れないで欲しい。


あと、Renaちゃんへ。
新しく送ってくれた歌詞


正直言って、よくありません。
妊娠」を80点としたら10点に満たないかも。

厳しいことを言うようだけれども、
俺はRenaちゃんの「妊娠」を書いたときのような情熱、というか真摯さが
今回の詞には全く見受けられませんでした。

まぁ、
俺なんか日本の音楽シーンに小便ほどの影響力ももっていないわけだし、
俺の言う事なんかほっといたって構わないけど、
俺としては残念でしょうがありません。

サイクロプスがどれだけの重みを持って、
この歌詞の中で息づいているのか、
俺は何回も考えましたが全く判りませんでした。

きっと、
無茶してしまったんだよね?
正直に認めるところから次の出発点があると思う。

次回作に期待です。


あ、あと。
もう少ししたら「妊娠」の曲が書きあがります。
Renaちゃんにはメールにファイル載せて送るので、
ひまな時にでも聞いてやってください。

譜割りも一緒に送ります。
俺の曲に幻滅したりとか、気に入らないところがあったら、
俺が今回書いたように好きなように言ってください。
全然だいじょうぶですから。

俺が、
Renaちゃんの「妊娠」の歌詞に惚れたのは否定し様がないのだから、
気の済むまでわがまま言ってくれて構いません。
俺の楽曲センスに幻滅したなら「もういいです」と言ってもらったって善いです。
そのかわり、俺に曲を書かせて頂けるんなら、
「101」は全部書き直してみてね。


あ、あとゆきぽん。
君が言ってたのは「シニモノグルイ」のことかな?
あれ、俺の中では主人公は女の子じゃなくて男の子だからさ。
気付かなかったわ。ごめん。

あの作品はかなり長いから、
ここには載せられないかもなのですよ。にぱーっ。
(↑わかる人にはわかる)
載せるとしたら、
一話毎の「されど踊れば」のボリュームで、
「シニモノグルイ その100」はゆうに越えると思うしさ。



名古屋にいるのもあと4日ぐらいだね。
もう一回、屋台やを補充しておきたいところだね。


大学一年生のころ好きだった女の子と、
めちゃくちゃ久しぶりにメールしたら、
ようやく男の子として生理現象が起きたよ。

うわぁ、かわいいなぁ。こいつ。

ま、彼氏さんが出来たらしいのでしばらくは静観ですけどもね。
でもよかったー。
やっと男の子として(色んな意味で)起き上がることが出来たよ。

それと、
あの子が幸せでいてくれてよかった。
なんだろ、なんか幸せで胸がいっぱいなのさ。

俺ってば、
つくづくソートロイアン利率に騙されてるね(笑)

それでいいさ。
今は。
posted by dd at 03:20| 愛知 霧| Comment(1) | TrackBack(0) | おじさんの毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月03日

されど踊れば その5.5

広場の中は、先程車の中から覗いたより、賑わっていた。
皆思い思いの格好をしている。寝巻きのまま出て来たような人も、まるで、一世一代の大勝負のように、一張羅の浴衣を着込んでいるような人もあった。やぐらの中には、既に何人かの若者の姿もあって、よく見かける、青地の真ん中に祭と一文字大きく書かれていて、袖のところは、赤で縁取りがしてある、法被を着ていた。女児もいるようで、ここから見上げる、背丈の大きさにはばらつきがあるものの、法被を背負った彼女は、何等男児と遜色ない、立派な祭り人に見えた。
先程の可憐な蝶々達は、少し目を離していたら、どこかに紛れてしまったらしい。子供は隠れるのが巧い。大人たちの、牽制染みた、それでも殊勝な心がけの、その間に、きれいに溶け込んでゆく。でも、そうかと思えば、わざと、見つかりやすい所に、ひょっこり顔を出して、うずうずしている。見つけてくれ、という、無邪気な瞳に、老人達は奢り、また、彼らの熱望を、貶めていく。何だか、似たような構図を、ぼくは知っていると思うのだけれど、はて、何だったか。思い出したくないだけなのかも、しれない。
僅かばかりの望蒐のあいだ、藤堂は黙って腕を組んで、やぐらの太鼓を、やけに熱心に、見ていた。ぼくと土岐田は、もちろん、それに関して、何かを言う責任も権利も、ない事を知っていたので、途方に暮れたまま、どこか逃げ込めるような場所はないものか、と思った。幸いにも、人気のない腰掛けが見つかって、示し合わせたように、ぼくと土岐田は、まっすぐに、それに腰掛けた。藤堂は、それに構わず、腕を解いて煙草を蒸かしてみたり、落ち着かない様子で、周りを眺め回したりしている。座ってみると、幾分か落ち着いた。腰掛けは、広場の外側を、ぐるりと一周、囲むような形で備え付けられていて、そして、僕らが腰掛けた場所は、先程、ぼくの車が通った道路に面しているものだった。
せめて、異人として、であったとしても、自陣に舞い戻った、合戦の落ち武者みたいにでも、いさせてくれれば善かった。けれども、そこは、むしろ、敗将の首を並べる、晒し場でしかなかったのだ。前を向けば、悪趣味な天幕が、威光たっぷりに、ぼくを辱める。目を閉じれば、異人を、洗うように眺めて、押し殺した声で囁く、先住民たちの嘶きが聴こえる。ああ、何という不始末。ぼくは、ここまで辱められて、生きているのが、ほんとうに不思議なくらいだった。
土岐田は善い。こいつは、何だって、辱められるのが価値というか、それで、こいつの文化を成立させているようなものだ。今だって、今までに比べれば、大した事はない。しゃあしゃあ然と、煙草を吸って居やがる。ぼくの恨めしそうな心中を、知ってか知らずか、吸うかい、と土岐田が言った。癪だったが、ぼくも吸いたかったので、曖昧な返事をして、一本貰った。その時ちょうど、ぼくと同じぐらいの歳の男が、赤ん坊を抱いてやってきて、ぼくをじろりとねめつけて、奥のほうにいなくなった。煙が、待って待ってというように、男の後についていこうとした。ぼくはせめて、長いまま、煙草を揉み消した。
やかましい音がして、それから、甲高い、酒の入った声が、広場中に響き渡った。さっきの、女の祭り人が、やぐらの中の、ひとつ高い部分に乗って、鼻を鳴らして撥を掲げる。頬は、うっすら上気して、桃色に染まっていた。前景の若人も、後景の女性達も、不思議な沈んだ兆候に犯され、下駄や雪駄の輪郭を、しらじらと光らせて、うつむいた項(うなじ)や、団扇の縁を、光らせている。全て中央の、見せ掛けだけ大きな、無骨なやぐらと、子供達と、太鼓に向かって、波のように押し寄せる、心を捧げているのだ。わずかな空き地から、一つ一つの、口に尽くせぬ思いが、ふだん、禁忌として憚られる道化の念が、中央へ向かって、地縁の繋がりを、歴鎖する情報を、まるで軍隊のように、整列して佇んでいるのだ。
ぼくは、その光景に気圧されて、何も、考える事が出来なくなっていた。藤堂は、いつのまにか、何処かへいなくなっていた。赤と青の提灯行列に混じって、左上がりの帯が、ちらちら見え隠れしていた。










つづく。
posted by dd at 23:57| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 自作プロット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Doughnut

久々におお振りみたら泣いてしまった。
どうやら田嶋君親子に僕はコンプレックスを持ってるみたいだ。

EVAの感想とか、評論とか、
されど踊ればの続きを書きたいのは山々なんだけど、
どうしても書くタイミングが訪れないのさ。

目が腫れぼったくってしょうがない。

なんかさ、
ひぐらしとかエウレカとかアクエリオンとか
観てからこういうの見るとなんか、
ほんと泣いちゃうからやだね。

フィクションはどうやったって
エンフィソロピーには勝てないのかな?

田嶋君まじ萌えるなー。




ご飯に誘いたい人がいるのに、
どうやって誘ったらいいか悩むなんて、
ぼくはまるで童貞みたいだなぁ。


新田義貞が勾当内侍に送った和歌とか、
知らない人はなーんにも知らないんだろうけど。


よくせむの かしらを若き たけ武者に
いづこへ消えむ 弦にまよわせ




この美しさがわかる人ほど、
思いのほか寡黙であったりするんだよな?

なぁ、
どうすればいいんだろう?


おいでおいでも聞こえてこない
posted by dd at 02:56| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | おじさんの毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月02日

EVA

庵野さんもおんなじこと言ってた!



衒学的なことを言うと、
変人みたいに扱われたり、
嘘吐きだと罵られたり、
かわいそうな奴だと言われたりよくするんですよ。

なら、
君達はどれだけの知識があるのだ?と
問うてみたい。
僕はいつもそんなことばかり考えてる。




おれといっしょだよ!!
やった!!

俺は、
そこらへんの東海生のなりそこないみたいなやつとは違う!


あいつとかあいつとかあいつとかより

商業的な面でも、
ローエンジュ間性においたって

おれはかっている!!!!!

はじめて他人に勝った!!!

やったぞ!!
俺は勝っているんだ!!
posted by dd at 04:02| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想にいちゃもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月01日

那賀爾輿

これが正しいという事はないよ

これが彼女を救うわけではないのだから

それが正しいと思えるのは寧ろ

彼女が失敗という名の禁忌を犯したときなのだから

ぼくはどこにいいたの?

ぼくは此処にいたよ

中立と愛欲の狭間の真ん中に

あくまでも平均としての僕がいたよ

それは正しい事なの?

そんなのわかるわけないじゃないか

あんなこと聞かれて

僕はなんと言えば正解だったのかなんて

考える方が汚らわしいじゃないか

正しいよ、真っ直ぐだ

酔ってるからって適当な事言うわけにも行かない

じゃあ僕は何処にいたのでしょう?

四次元の壁に接続できたとでも言うのか

そうしたらもう一つのディメンション

時間ではなくて精神

どれだけ素敵だろう

その世界が

忘れられたまま愛されている

その世界は

嫌いになんてなれやしないんだよ

だってあんなにも可愛い

それが忘れられない俺は

ただのあの子の玩具なのか

ブルーノもケプラーも

ぼくとおんなじことで悩んでいたりするなら

ぼくは君らを犯せるだろう

宇宙主義は死ね!



宇宙においてビックバンを生じる機構としては、無であると考えられる真空からエネルギーの量子トンネル効果によって、エネルギーがある『3次元時空連続体(=4次元)』において、一箇所に集まる。宇宙大の大きさのエネルギーが生じるためには、真空におけるエネルギー効果が必要である。真空におけるエネルギーが一箇所に集まる確率は、全宇宙に存在する質量をエネルギー換算し、かつまた、全宇宙における今のエネルギーを加算し、それをプランク距離レベルにて生じていると思われるエネルギーにて割った値に相当する。つまり、それだけ極小の確率によって、この宇宙は誕生したのである(オカルト等で提唱されているフリーエネルギーと呼ばれるものは、この値を大きく見積もりすぎである)。この時、その一箇所に集まったエネルギーは、量子トンネル効果によって、ある閾値を超えて一気に放出される。これが、ビックバンである。

この同じプロセスは、ビックバンを生じた宇宙においても同時に起こりえる。なぜならば、超統一状態にあった力(重力+弱い相互作用+強い相互作用+電磁力+真空の揺らぎ)が分離するプロセスにおいても、強い結合力にあった相互作用が、分離する際においてエントロピー増大のプロセスにおいて開放され、同じような量子トンネル効果を生み出すことによって、母体となる宇宙から小ビックバンを起こし、新たな宇宙を生み出す機構のことである。


ジョンルーウィンが一体なんだっていうんだ




あの子を苦しませるな
posted by dd at 03:45| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | おじさんの毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月31日

夢であえたらいいな

君が好きだという
それだけでぼくは嬉しいのさ

なんてね


幻みたいなメリーゴーラウンド
一瞬が永遠に感じて

なんてね




それでいいのかしら


ぼくはここで眠っていていいのかしら


いつか
君に


本物の愛情というものを
教えてあげられたらいい
posted by dd at 02:19| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | おじさんの毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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